小沢健二「LIFE再現ライブ」メモ〜『LIFE』30周年〜

人生でもっとも聴いたアルバムだ。自信を持って断言できる。

2番めは、スピッツ『ハチミツ』か、Steely Dan『aja』か、あるいは同じく小沢健二『球体の奏でる音楽』か……いずれにしても、“心のベスト10 第一位” を聴いた回数には程遠いはずだ。

アウトロが消えた瞬間、次の曲のイントロがもう頭の中に再生される、ほとんどすべての楽曲の歌詞を諳んじられる、そんなアルバムと生涯何枚出会えるのだろう。

ーー幸運なことに、私は中学生でそんなアルバムに出会った。小沢健二『LIFE』だ。

※今回は、2024年8月31日に日本武道館で行われた、小沢健二「LIFE再現ライブ」のレポート（のようなもの）を思うがままに書きなぐりました。

小沢健二『LIFE』

私は『LIFE』を聴いて、その他多くのリスナーとおそらく同じように、将来の自分に訪れる幸運や辛苦を想像したり、自分に重ねてみたりしたものだった。

“いつか誰かと完全な恋におち”、“月が輝く夜空が待ってる夕べさ 突然ほんのちょっと誰かに会いたくなるのさ”、そんな言い訳を用意して恋人の部屋に急に押しかけてみることを夢見た。

上京する際には、“僕らの住むこの世界ではたびに出る理由がある”のだからと故郷に後ろ髪惹かれる自分を奮い立たせたし、やがて恋人ができ、お別れをしたときには、“今は忘れてしまった たくさんの話”のことを思い出してみようとした（できなかった）。

30年である。良いことも、悪いこともあったし、とにかく自分や自分の周り、すべてが変わった。“いつか僕と君が歳をとってからも たまにゃ2人でおでかけしたいよ” なんて言われるまでもなく、つねにこのアルバムがそばにあった。

私はもう40代であり、幸運にも妻と2人の子供に恵まれた。

「LIFE再現ライブ」が開催されるとか

2024年の3月、『ブギー・バック』から30年が経つらしいことがライムラインに流れてきた。つまり『LIFE』から数えても、今年は30周年ということである。そして、さらにしばらくして『LIFE』の発売30周年を記念した「LIFE再現ライブ」が開催されることが発表された。

始めた聞いたとき、私の頭はぼーっとしていた。仕事に子育てに忙しく、ライブに行くという発想自体が欠落していたからだった。それでも、「記念」と聞けば申し込まないわけには行かなかった。当選したら当選したときに考えればよいのだ。

当選

マジで当選したので、少し動揺した。そもそも妻はさほど小沢健二に興味はないのでダメもとで申し込んだチケットは1枚。当然家を空ければ、2人の子供についてワンオペを強いることになる。心苦しい。

妻に相談。だが、軽く「行ってくれば〜」と軽い口調。さすが我が妻である。かくして、あれから30年、「LIFE再現ライブ」への参戦が決まった。

『LIFE』から30周年、「LIFE再現ライブ」へ

実を言うと、小沢健二のライブは2度めである。1度目は、自身13年ぶりとなるツアー「ひふみよ」の東京公演（NHKホール／2010年6月10日）で、私は最前列にいた。

『今夜はブギー・バック』の中イントロ、連続するスクラッチ音が途切れた瞬間、“1,2,3〜！”と、シークレットゲストであったスチャダラパーが登場、「smooth rap」ver.を盛大に歌唱し、このライブ最大のクライマックスの1つを迎えた。ANIが最前列の観客たちと次々にハイタッチを交わしていった。私もその1人だった。

このできごとは、今でも「東京に来てからベストな思い出の1つ」となっている。

ーーあのライブからさらに14年が経っていた。信じられない気持ちである。

今回もきっと、いや間違いなく、スチャダラパーの3人も来る。直前に『ブギー・バック』をモチーフに、さらにこの数十年のJ-POP史をオマージュしたような楽曲『ぶぎ・ばく・べいびー』をリリースしているのである。当然演る。

私は、『ぶぎ・ばく・べいびー』のラップも諳んじられるまでに覚え、”Life is a showtime！”の掛け声を完璧にこなすことを決めてライブに臨んだ。

おかしいな、目から汗が

17:30開演と知らされていたが、しかし実際にスタートしたのは30分近くが経ってからだった。日本武道館、会場内に流れていた『THE RIVER あの川（ex.毎日の環境学より）』が突然カットアウトし、瞬間、暗転。『流れ星ビバップ』のイントロでボルテージが一気に高まる。

『フクロウの声が聞こえる』『強い気持ち・強い愛』と続き、早くも異変。
あれ、おかしいな、目から汗が。。

のっけから？こんな調子で最後まで持つのだろうか、そんな感じだった。正直、（自分もその一因だが）オーディエンスの年齢層は高い。フロントマンを始め、演奏者の年齢層も高い。それぞれの人たちが、みんなそれぞれの30年間を歩んできたことを想像し、そんなみんなが同じ空間で一体になっていることに、思わず目頭が熱くなってしまった。

『天使たちのシーン』は、事前に“30年前から送られた（というテイで座席に用意されていた）”FAXの歌詞カードを見ながら歌った。

憶えている（不思議ではない）

後半は『LIFE』再現パート。小沢健二あらためオザケン、この日はアルバムを逆の順番で演るという。『いちょう並木のセレナーデ（オルゴール）』から始まり、次は『おやすみなさい、仔猫ちゃん！』。

「じゃあ、その次は？」とオザケン。

無論、『ぼくらが旅に出る理由』であるし、その次は『今夜はブギー・バック』であり、さらに次は『ドアをノックするのは誰だ？』なのである。

「ーーそう、憶えているんです。このアルバム、みんな曲順を憶えている。そういう不思議なアルバムなんです」とオザケンは言った。

いや、と全員が思ったはずだ。まったく不思議ではないのだ。それだけこのアルバムが大好きで、何度も何度も、それこそ“CDが蒸発するんじゃないかというくらい（feat.麒麟 川島氏Xより）”聴いたからだ。

そうして、その後のセットリストが会場の全員にネタバレしたライブ（第2部）が始まったのだった。

大丈夫。

『LIFE』のオープニングを飾る名曲にして、本ライブを締めくくる曲となった『愛し愛されて生きるのさ』が終わり、暗転、バンドメンバーが次々と舞台を去り、そして明転。ステージにはオザケンが1人。

最後に、インスタライブを行うという。彼のスマホはライブをスタートすることができず、スチャダラパー・Boseのインスタライブが立ち上がる。ギター1本での、この日2度目の『愛し愛されて生きるのさ』。

Boseのスマホが客席とオザケンを交互に映した。オザケンは「こっちはいいから。客席を映して！」とBoseに訴える声が。気を使ってくれているのかとそのときは思った。

だが、後日オザケン本人からネタバレ。歌いながら泣いてしまったんだって。だから映さないでほしかったんだって。そうだったんだ。

やば！　真城さんのインスタライブ。そこで自撮り！　ありがとう！　必見https://t.co/sRepefxRHx

— Ozawa Kenji 小沢健二 (@iamOzawaKenji) August 31, 2024

最後は一見あっけない幕切れと言えたかもしれなかった。「それじゃあ、みなさんそれぞれの生活に戻りましょう」というようなことを言って、カウントダウンが始まった。

10、9、8，7、6、、、途中、「いやーっ」という声が飛び交い、けれどもオザケンは、やさしく、力強く「大丈夫。」と言った。

カウントが0になり、「生活に帰ろう。」ともう一度言うと、会場は暗くなり、やがて明るくなった。

「大丈夫。」から受け取ったもの

「大丈夫。」と言ってもらえてことで、なんだかすごく安心できた気がした。大丈夫なんだと。

この空間から出て、あなたの日常に戻っても、あなたは大丈夫だよ。30年、生きてきたんだから、この先もきっと大丈夫。そう言ってくれたのだと思った。

奇しくも、このブログのタイトルは「大丈夫だよ。」であり、ドメインは「its-alright.net」である。私は、かねてから「大丈夫」という言葉に大きな力を感じていて、それが人を救うことだってあると思っている。

誰しも、ときに壁にぶち当たることがあり、挫折を経験したり、深い悲しみを負ったり、絶望したりすることがある。でも、大丈夫なのだ。「大丈夫」という言葉で前を向けることがある。

だから、オザケンの「大丈夫。」は特に心に響いた。心の底から、私は大丈夫なのだと思えた。そして、本当に、この空間を出た瞬間から、私はもう“大丈夫”なのだった。

そして、『LIFE』は人生のアルバムに

「LIFE」の訳で好きなものがあると、オザケンが言った。「a principle or force that is considered to underlie the distinctive quality of animate beings.」、つまり「生きとし生けるものの特質の根底にあると考えられる原理または力」だそうだ（ライブでは「生きているものの特徴を支えている力」と言っていた気がする）。

冒頭で述べたように、私は今、妻と子供がおり、“愛し愛されて”生きている。その事実こそまさにこのような意味での「LIFE」であるし、これまでもずっと、小沢健二『LIFE』は、自分にとってのそういうアルバムなのだと思った（たぶん、みんなにとっても）。

このライブを体感する前から、もちろん“心のベスト10 第一位”だったわけだが、ライブを体感したあとではまったく別のものになった気がした。

単にNo.1アルバムではなく、これまでの自分の人生を肯定してくれるアルバムになったし、これからの人生を「大丈夫。」と励まし後押ししてくれるアルバムになった。

オザケンは「2054年にまたライブ演るのかな」なんて冗談を言っていたけれど、まあそれまで、またこのアルバムを何度も聴くことになるんだろう。

ああ、そうだ。自分の葬式で小沢健二の『LIFE』を“爆音で”かけてくれと、遺言に書こう。
それがいい。うん、絶対にそれがいい。

 

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